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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)9242号 判決

原告 北川紀子

右訴訟代理人弁護士 大政満

同 石川幸佑

同 大政徹太郎

被告 坂井秀男

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 森謙

同 森重一

被告 有限会社瑞穂通建

右代表者代表取締役 高山進

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 栗山和也

同 前田裕司

右栗山和也復代理人弁護士 中川瑞代

主文

一  被告坂井秀男は、原告に対し、金二二一六万七三七七円及びこれに対する昭和五二年一〇月一六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二1  原告の被告坂井松美に対する主位的請求を棄却する。

2  被告坂井松美は、原告に対し、金一一〇八万三六八八円及びこれに対する昭和五二年一〇月一六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告有限会社瑞穂通建及び被告金昌徳は、原告に対し、各自金四三二三万九一一〇円及びこれに対する昭和五二年一〇月一六日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の、その余を被告らの、各負担とする。

六  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(主位的請求)

1 被告らは、原告に対し、各自金四六七二万六九五七円及びこれに対する昭和五二年一〇月一六日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告らの負担とする。

3 仮執行の宣言。

(予備的請求)

1 被告坂井秀男は、被告有限会社瑞穂通建及び被告金昌徳と連帯して原告に対し、金二三三六万三四七八円及びこれに対する昭和五二年一〇月一六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2 被告坂井松美は、被告有限会社瑞穂通建及び被告金昌徳と連帯して原告に対し、金二三三六万三四七八円及びこれに対する昭和五二年一〇月一六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は被告らの負担とする。

4 仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の主位的請求及び予備的請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  事故の発生

昭和五〇年一〇月二六日午後四時四〇分ころ、東京都西多摩郡瑞穂町長岡二九七番地先路上において、原告が後部座席に同乗し、亡坂井季吉(以下、亡季吉という。)が運転する自動二輪車(車両番号練馬み八六四三、以下、坂井車という。)が同方向に進行中の被告金昌徳(以下、被告金という。)運転の普通貨物自動車(車両番号多摩一一さ七二八七、以下、金車という。)の左側を通過しようとした際、同車と接触し、坂井車が転倒するという事故(以下、本件事故という。)が発生した。

2  権利侵害

(一) 原告の傷害

原告は、本件事故により両上腕骨々折、右前腕(橈骨、尺骨)骨折、左橈骨々折、両肩胛骨々折、骨盤骨折尿路損傷、左脛骨骨折、右大腿骨々折、左第一、二、三、四中足骨々折、右脛骨腓骨々折、頭部外傷、脳挫傷、全身切創多数の傷害を負った。

(二) 原告の後遺障害

原告は、本件事故により約一年間意識不明であったもので、奇跡的に生命をとりとめたものの、記銘力障害、知能低下がみられ、かつ、四肢運動機能は中枢神経障害因性随意運動機能障害によりまひしており、摂食、排便等の日常生活が自力でできず、全面的に他人の付添介護が必要な状態であり、これは、自動車損害賠償保障法(以下、自賠法という。)施行令第二条後遺障害別等級表の第一級に該当する。

3  責任原因

(一) 被告坂井秀男(以下、被告秀男という。)及び被告坂井松美(以下、被告松美という。)

(1) 主位的主張

被告秀男、同松美は、亡季吉の父母であり、本件事故当時一六歳の高校生であった亡季吉を扶養監督し、また坂井車を購入し、その維持費等を負担していたものである。

そこで、右被告両名は、亡季吉の親権者として坂井車の運行に対し支配を及ぼし得る立場にあり、かつ、坂井車を支配管理すべき義務を負うものであるから、自賠法第三条により、原告に生じた損害を賠償すべき責任を負う。

(2) 予備的主張

仮に、右被告両名が自賠法第三条の責任を負わないとしても、亡季吉は、本件事故により生じた原告の損害につき、坂井車の保有者として自賠法第三条により賠償債務を負うところ、同人が昭和五〇年一〇月二六日本件事故により死亡したので、同人の父母である右被告両名は、亡季吉の原告に対する損害賠償債務につき、それぞれ二分の一ずつを相続した。

(二) 被告有限会社瑞穂通建(以下、被告会社という。)

被告会社は金車を保有してこれを自己のために運行の用に供していた者であり、本件事故は被告会社の被用者である被告金が被告会社の事業の執行中に後記過失によりひき起こしたものであるから、被告会社は自賠法第三条及び民法第七一五条により、原告に生じた損害を賠償すべき責任を負う。

(三) 被告金

被告金は、自動車運転者として交差点を左折する際には自車左後方の後続車両の有無・動静を十分確認すべき注意義務があるのに、これを怠り、事故現場付近交差点において、左後方の状況を確認することなく、しかも充分徐行せずに大回り左折を開始した過失により、自車左側面を坂井車に接触させたものであるから、民法第七〇九条により、原告に生じた損害を賠償すべき責任を負う。

4  損害

(一) 治療費  金九三四万四九八〇円

原告は、本件事故により前記の傷害を受け、昭和五〇年一〇月二六日から同五三年一二月二二日まで東京都福生市所在の目白第二病院に入院して治療を受け、金七〇〇万円(本来は金七三七万九八六一円のところを減額してもらったもの)、同五三年一二月二二日から同五四年一一月二七日まで山梨県東八代郡所在の医療法人甲州中央温泉病院に入院して治療を受け、金二三四万四九八〇円の治療費をそれぞれ要した。

(二) 入院雑費  金六五万七〇〇〇円

原告は、本件事故により昭和五〇年一〇月二六日から同五四年一一月二七日までの一〇九五日間にわたる入院中の雑費として、一日当たり金六〇〇円、合計金六五万七〇〇〇円を要した。

(三) 逸失利益 金二九六七万一九七七円

原告は、昭和三三年一二月二二日生まれの女子であり、一八歳になる昭和五二年度から六七歳までの四九年間稼働可能であったところ、本件事故による後遺障害のため労働能力を一〇〇パーセント喪失したので、昭和五二年賃金センサス第一巻第一表の産業計企業規模計学歴計女子労働者の全年令平均所得額に物価上昇率五・九パーセントに当たる額を加算した一か月金一三万六一〇〇円を基礎とし、ライプニッツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して逸失利益の現在価額を算出すると、次の計算式のとおり、金二九六七万一九七七円となる。

136,100×12×18.168=29,671,977

(四) 入院中の付添看護費 金二七三万七五〇〇円

原告の母北川静子は、昭和五〇年一〇月二六日から同五四年一一月二七日までの前記入院期間中、原告の付添看護をしたが、一日当たり金二五〇〇円、一〇九五日間合計金二七三万七五〇〇円の付添看護費が損害となる。

(五) 将来の介護料 金一六三一万五五〇〇円

原告の本件事故による後遺障害は前記のとおりであり、退院後の昭和五四年一一月二七日(二一歳)から生存可能な六七歳までの間、生活をするため付添介護が必要であり、その間一日当たり金二五〇〇円の介護料を要するが、ライプニッツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除すると、次の計算式のとおり、金一六三一万五五〇〇円となる。

2,500×365×17.88=16,315,500

(六) 慰藉料 金一五〇〇万円

(1) 入院による慰藉料

原告は、前記のとおり約四年間入院して治療を受けたが、右期間中に被った精神的苦痛に対する慰藉料は金五〇〇万円を下らない。

(2) 後遺障害に対する慰藉料

原告には、前記のとおり後遺障害別等級表第一級の後遺障害が残存するが、これにより被った精神的苦痛に対する慰藉料は金一〇〇〇万円を下らない。

(七) 弁護士費用 金二〇〇万円

原告は、被告らが任意に損害を賠償しないので、原告訴訟代理人に本訴の提起及び追行を委任し、訴額の約四パーセント相当の金二〇〇万円を報酬として支払うことを約した。

(八) 損害の填補 金二九〇〇万円

原告は、本件事故に関し自動車損害賠償責任保険から金二九〇〇万円の支払を受けた。

(九) 合計 金四六七二万六九五七円

右(一)ないし(七)の合計金七五七二万六九五七円から右(八)の金二九〇〇万円を控除すると、原告の有する損害賠償債権額は金四六七二万六九五七円となる。

5  そこで、原告は被告らに対し、各自金四六七二万六九五七円(なお、被告坂井両名に対しては、予備的に各金二三三六万三四七八円を請求する。)及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五二年一〇月一六日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

(被告秀男及び同松美)

1 請求の原因1の事実は認める。

2 同2(一)及び(二)の事実は知らない。

3(一) 同3(一)(1)の事実のうち、被告秀男、同松美が亡季吉の父母であり、本件当時一六歳の高校生であった亡季吉を扶養していたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(二) 同3(一)(2)の事実のうち、亡季吉が昭和五〇年一〇月二六日本件事故により死亡したこと、被告秀男及び同松美が亡季吉の相続人であることは認めるが、その余の事実は否認する。

4 同4(一)ないし(六)の事実は知らない。

なお、入院雑費は一日当たり金五〇〇円が相当である。

同4(七)の事実は争い、(八)の事実は認める。

(被告会社及び被告金)

1 請求の原因1の事実は認める。

2 同2(一)及び(二)の事実は知らない。

3(一) 同3(二)の事実のうち、被告会社が金車を保有してこれを自己のために運行の用に供していた者であること、本件事故は被告会社の被用者である被告金が被告会社の事業の執行中に発生したものであることは認めるが、その余の事実は否認する。

(二) 同3(三)の事実は否認する。

4 同4(一)ないし(七)の事実は知らない。

同4(八)の事実は認める。

三  抗弁

(被告秀男及び同松美)

1 免責

(一) 亡季吉は、坂井車の運行に関する注意を怠らなかった。

(二) 本件事故は、被告金が坂井車の進路を故意に妨害したために発生したものである。

仮に、右故意が認められないとしても、被告金には、坂井車の動静を確認する義務を怠り、これに接近し過ぎた過失、または、道路を左折するにつきその旨を明示する方向指示器を出さず、左折道路手前から速度を緩めず、かつ、道路左側に寄らなかった過失がある。

(三) 坂井車には、構造上の欠陥又は機能の障害はなかった。

2 好意同乗

仮に、免責の主張が認められないとしても、原告は、亡季吉に依頼して坂井車に無償で同乗したものであり、同乗することから生ずる危険を認容していたものであるから、好意同乗として損害額を否定ないし減額すべきである。

(被告会社)

1 免責

(一) 被告会社及び被告金は、金車の運行に関する注意を怠らなかった。

(二) 本件事故は、金車が本件事故現場付近に差しかかった際、後方から時速約一八〇キロメートルの速度で暴走して来た坂井車に追突されたために発生したものであって、亡季吉に過失がある。

(三) 金車には、構造上の欠陥又は機能の障害はなかった。

四  抗弁に対する認否

1  被告秀男及び同松美の免責の主張は争う。

2  被告秀男及び同松美の好意同乗の主張のうち、原告が無償で坂井車に同乗したことは認め、その余は争う。

3  被告会社の免責の主張は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  請求の原因1(事故の発生)の事実は当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》によれば、請求の原因2(一)(原告の傷害)及び(二)(原告の後遺障害)の事実が認められ、他にこれに反する証拠はない。

三  そこで、まず、本件事故の態様について、判断する。

1  被告秀男及び同松美は、本件事故は、被告金が坂井車の進路を妨害した故意、あるいは左折時の注意義務を怠った過失により発生したものであると主張し、被告会社及び被告金は、後方から時速一八〇キロメートルの速度で暴走して来た坂井車が金車に追突したために発生したものであると主張する。

2  《証拠省略》によれば、本件事故現場は、箱根ヶ崎方面から青梅方面へほぼ南北に走る通称新青梅街道(幅員約一三メートル)と、ここから東方にのびて栗原街道に至る道路(幅員約五・五メートル)とがT字型に交差する交差点(以下、本件交差点という。)上にあること、新青梅街道は、片側二車線で、最高速度は時速四〇キロメートルに制限されており、道路両側には路面より高くなった歩道が設置されていること、被告会社は、本件交差点から北方約九〇メートルの交差点から西へ約一〇〇メートル入った所にあるが、事故当日、被告金は、本件交差点から東へ入った所にある工事現場に砕石を運ぶため、被告会社を出て新青梅街道との交差点で右折し、新青梅街道を箱根ヶ崎方面に向けて片側二車線の左側車線を走行し、本件交差点を左折すべく交差点手前に差しかかったこと、を認めることができ、他にこれを左右するに足りる証拠はない。

他方、《証拠省略》によれば、本件事故当日、亡季吉は坂井車の後部座席に原告を同乗させ、守屋利光は自動二輪車(以下、守屋車という。両車とも排気量七五〇CC。)の後部座席に立延良子を同乗させて奥多摩へのドライブからの帰途、新青梅街道を青梅方面から箱根ヶ崎方面に向けて進行していたこと、本件事故現場北方約六五七メートルにある交差点手前で、坂井車及び守屋車は、信号待ちのため一たん停止した後、守屋車が先に発進して先行したが、本件交差点手前約三〇〇メートルの地点で坂井車に追い抜かれたこと、本件交差点手前において、坂井車が金車の左後方から接近し、これに追い付いたことが認められ、他にこれを左右するに足りる証拠はない。

3  《証拠省略》によれば、被告金は、本件事故発生の約二五分後から行われた現場での実況見分の際に、本件交差点の手前約四一メートルの地点で左折の合図をした後、大回り左折をするため、右交差点の手前約二二メートルの地点で一たん金車を少し右側車線に寄せ、次いで右交差点の手前約八メートルの地点でハンドルを左へ切って左折を開始したところ、本件交差点入口付近で坂井車との接触を感じ、さらにドーンという音とともに衝撃を感じた旨指示説明していること、そして、被告金は、同人が大回り左折をしようとしたのは、そのまま左側車線を進むと左折時に左後輪が歩道縁石に乗り上げ、サイドミラーが道路標識にぶつかる恐れがあると考えたからであり、また、左折開始時の金車の速度は時速約三〇キロを下回っていた旨、被告金は、ハンドルを左へ回している時に自車左後部に衝突を感じ、直ちに急制動の措置をとった旨供述していることが認められる。

他方、《証拠省略》によれば、守屋利光は、坂井車の後方約三〇ないし五〇メートルの位置から坂井車及び金車の走行状態を目撃していたが、金車が本件交差点手前約二六メートルの地点で右側方向指示器を出して道路中央寄りに進路変更したので、坂井車が金車の左側方を追い抜きにかかったところ、交差点手前約一六メートルの地点で金車が何の合図もしないで幅寄せをするように左側に寄り、そのまま約九メートル並進し、交差点手前約七メートルの地点で両車が接触し、砂ぼこりが上ったが、当時の両車の速度は時速約五〇ないし六〇キロメートルであった旨、金車は、右接触後一たん右側へ寄って坂井車から離れ、さらに左折を開始して本件交差点内に入った旨供述していることが認められる。

4  金車の左折合図の有無について

《証拠省略》によれば、本件事故現場近くの自宅の庭にいて車の衝突音を聞き、事故現場にかけつけた双木伸夫及び水村英男は、本件交差点で停止していた金車が左側方向指示器を点滅させているのを目撃したことが認められる。

右両名の目撃状況は、必ずしも金車が左折開始前に左折合図をしていたことの直接証拠とはならないが、一応これをうかがわせるものである。

また、《証拠省略》によると、被告金は、事故直後の実況見分時からその後一貫して、あらかじめ左折合図をしたうえ、大回り左折するため一たん道路中央に寄った旨供述していることが認められる。

そして、前記のとおり、被告金は、工事現場へ行くため本件交差点を左折しようとしていたこと、本件交差点は金車からみると、直進か左折しかできないT字路交差点であるし、大回り左折をするため道路中央に寄る場合であっても、右側方向指示器を点滅させることは通常考えられないことにかんがみると、金車が右側方向指示器を点滅させていたとの守屋利光の供述部分は、にわかに信用できない。

そうすると、金車は、本件交差点手前で大回り左折を開始する前に左側方向指示器を点滅して左折合図をしていたものと推認することができ、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

5  坂井車及び金車の走行速度について

《証拠省略》によると、事故直前の坂井車及び守屋車の速度に関して守屋利光が述べるところは、一貫せず、明瞭ではないが、前記認定のように、本件交差点の手前約三〇〇メートルの地点で坂井車が守屋車を追い抜いた時の守屋車の速度は時速八〇ないし九〇キロメートルであったこと、追い抜かれた守屋車は速度を上げて坂井車に追い付こうとしたが、危険と考えて減速したこと、守屋車は本件事故発生の時点では衝突地点の手前約五〇メートルの地点にいたことが認められるのであるから、この間の守屋車の平均時速を約八〇キロメートルとすると、坂井車は時速約八〇キロメートルの守屋車が約二五〇メートル進行した間に約三〇〇メートル進行したわけであり、坂井車は守屋車を追い抜いた後特に減速したことを認めるに足りる証拠はない(《証拠省略》中には、前記のとおり、坂井車は衝突の時点では時速五〇ないし六〇キロメートルに減速していた旨の供述ないし供述記載部分があるけれども、後記6(三)で判示するとおり、信用することができない。)から、坂井車の事故直前の速度は、時速約一〇〇キロメートルであったと推認することができる。

なお、被告会社及び被告金は、坂井車は時速約一八〇キロメートルの速度で暴走していた旨主張し、《証拠省略》中には、亡季吉の仲間の者が事故直後に坂井車は一五〇ないし一八〇キロメートルも出ていたといっていたとか、坂井車のスピードメーターが一八〇キロメートルを示して止まっていたといっていた旨の記載ないし供述部分があるが、これらは《証拠省略》に照らしてにわかに信用することができず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

次に、金車が被告会社を出て新青梅街道との交差点を右折してから本件交差点に至るまでの距離は約九〇メートルであり、しかも金車は本件交差点を左折しようとしていたのであるから、それほど高速で走行していたとは考えられないこと、及び後記認定の金車のスキッドマークの長さに照らすと、金車の事故直前の速度は、時速約三〇キロメートルであったと推認することができる。

6  坂井車と金車の接触状況について

(一)  《証拠省略》によれば、以下の事実を認めることができる。

(1) 本件事故現場には、新青梅街道東側車線から栗原街道に至る東方道路入口にかけて、金車による二条のスキッドマーク(長さは右七・四三メートル、左七・二〇メートル)が鮮明に残されており、路面の歩道寄りのところに右スキッドマークとほぼ平行して坂井車による擦過こんがあり、靴が落ちていたほか、現場には泥土やガラス破片が散乱していた。そして、金車の燃料タンクから軽油が漏れて路面にこぼれていた。

また、坂井車及び亡季吉は本件交差点角の原直樹方石垣の隅切り付近に倒れており、隅切り部分には血こんが付着し、坂井車の部品による傷跡がついていた。

(2) 金車の損傷状況等をみると、左後輪タイヤ及びその上部の泥よけに擦過こん、荷台左側前部下端の燃料タンクに擦過凹損、荷台左側面下部に後輪前部付近から前端にかけて擦過こん、荷台左側面上部で燃料タンクの上方から荷台前端にかけて緑色塗料の付着した擦過こん、その先端の荷台前端に散乱付着した肉片、左前輪ホイルに擦過こん、運転台左側下端及び左前輪付近に凹損及び泥よけの曲損、運転席左側一面に付着した肉片及び血こんがそれぞれあった。

(3) 坂井車は、前輪が後方に押されてエンジン部分に接し、ホークが曲損し、ハンドルも折損、曲損しており、エンジン部はケースが破損し、計器類も破損しており、後部ボディ荷台付近及び尾灯も破損していた。

また、亡季吉のジャンパーは、右肩付近がすり切れて破れていた。

(二)  以上の坂井車及び金車の損傷状況等に照らすと、坂井車は、金車の速度を大きく上回る速度で金車の左後方から接近し、まず金車の左後輪付近から接触を始め、金車の左側面をすっていくように前進し、亡季吉の頭部が金車の荷台左側前部付近と衝突し、その際坂井車が金車の燃料タンクを破損し、さらに亡季吉が金車の運転台左側部分で身体を強打した後、金車の左前方に出た坂井車が前記石垣に激突したものと認めることができる。

このことは、坂井車の速度を約一〇〇キロメートル、金車の速度を約三〇キロメートルとする前記認定事実に矛盾なく符合するものである。

また、右のように坂井車が金車の左側面をすっていくように前進していること、及び前記のとおり、路面に金車のスキッドマークとほぼ平行した擦過こんをつけながら石垣の隅切り部分まで進んでいることを考え合わせると、金車は、左折体勢に入ったとはいえ、衝突時には道路中央線より少し前部が左へ傾き始めた程度であって、坂井車と金車の衝突角度は浅かったものと推認することができる。

(三)  守屋利光は、前記のとおり、本件交差点手前で金車が坂井車に幅寄せするように接近したため両車が衝突した旨供述している。

しかし、前記接触状況に照らすと、坂井車の速度が金車の速度を大きく上回っていたことは明らかであり、両車とも時速約五〇ないし六〇キロメートルで約九メートル並進したとの同人の供述ないし供述記載部分はそのまま採用することができないし、金車が本件交差点手前約七メートルの地点で坂井車と接触した後、一たん右へ寄ってさらに左折体勢をとったとの供述ないし供述記載部分も、わずか約七メートルの間に右のような運転をすること自体通常考えられないこと、及び前記スキッドマークの状況とも合致しないことに照らして、にわかに信用することはできない。

なお、《証拠省略》中には、金車の幅寄せが本件事故の原因であるとの供述ないし供述記載部分があるが、これらはいずれも守屋利光の供述内容を前提としたものであるから、右供述が信用できない以上、右幅寄せの事実を認めるに足りる証拠とはなり得ないものといわなければならない。

また、被告秀男及び同松美は、本件事故は金車の左折中の衝突であるから、前記のような態様であるとすれば、坂井車は石垣へ直進せずにもっと左方へ飛ばされるはずである旨主張するが、前記認定のとおり、両車の衝突角度が浅かったことにかんがみると、前記事故態様と衝突後の坂井車の進路とは、必ずしも矛盾するものではない。

そして、本件交差点手前の道路左側車線及び歩道縁石上に、本件事故態様が金車の幅寄せによる接触であることを推認させるようなこん跡があったことを認めるに足りる明確な証拠はないし、その他、本件事故態様についての前記認定を覆すに足りる証拠はない。

7  以上の事実に照らすと、亡季吉は、自動二輪車の運転者として、制限速度を守ることはもち論、前方を注視し、先行車と接触することがないよう安全に運転すべき注意義務があるところ、先行する金車が一たん右側車線へ寄ったとはいえ、左折合図をしていたのであるから、その左側方を追い抜くことは差し控えるべきであったのに、前方不注意により金車の左折合図を見落としたか、あるいは追い抜きが可能であるものと軽信したため、制限速度の二倍以上の時速約一〇〇キロメートルの速度で左側方からの金車の追い抜きを開始した過失があるものと認めることができる。

また、被告金は、前記のとおり、本件交差点手前で大回り左折の方法をとったものであるが、大回り左折自体が不適当であるとはいえないとしても、自動車運転者としては、左折に際しては特に左後方の後続車の有無及び動静について十分確認すべき義務がある。そして、被告金の場合は、前記のとおり、本件交差点手前約二二メートルの地点で右側車線へ寄ったものであり、本件交差点を左折する方法としては、少し早く右側車線に寄ったきらいがあり、しかも片側二車線であるため、後続車に進路を譲ったような印象を与えかねないものであった。

更に、《証拠省略》によれば、金車の左サイドバックミラーは、やや内側を向いていて、ミラーの視界は車側付近がよく見える状態であったことが認められるので、前記のような衝突直前の状況に照らすと、被告金は、坂井車との衝突前に左サイドバックミラーを通して、同車を発見することはできたはずである。《証拠省略》中には、被告金は、左折時に左後方の安全を十分確認した旨の供述ないし供述記載部分があるが、右の事実に照らすとにわかに信用することができず、被告金は、左後方の安全確認を怠ったか、あるいは確認はしたが、その方法、程度が十分でなかったものというべきである。

そうすると、被告金は、左後方の後続車の有無及び動静を十分確認しないまま、本件交差点手前で大回り左折を開始した過失があるものと認めることができる。

したがって、本件事故は、右に認定した、亡季吉の過失と被告金の過失が競合して生じたものというべきである。

四  次に、被告らの責任について判断する。

1  被告秀男及び同松美

(一)  被告秀男及び同松美は、亡季吉の父母であり、本件事故当時一六歳の高校生であった亡季吉を扶養していたことは、当事者間に争いがない。

《証拠省略》によれば、被告秀男は一家の主宰者として商店を経営していること、亡季吉は、両親と同居し、自宅から通学し、下校後は店の手伝いをすることもあったこと、坂井車は、亡季吉が本件事故の約半年前に代金約五〇万円で購入したものであるが、亡季吉は、アルバイトでためた資金のみでは右代金全額を支払うことができなかったので、被告秀男に頼んで不足分約三〇万円を支出してもらったこと、ガソリン代その他の経費は亡季吉が負担していたこと、坂井車は、被告秀男の自宅から約一〇メートルの距離にある駐車場に保管されていたことが認められ、他にこれを左右するに足りる証拠はない。

以上の身分関係、生活状況、坂井車の購入経緯、保管場所その他諸般の事情に照らすと、被告秀男は、坂井車の運行を事実上支配、管理することができ、社会通念上坂井車の運行が社会に害悪をもたらさないよう監視、監督すべき立場にあったということができるから、自賠法第三条所定の自己のために自動車を運行の用に供する者に当たると解すべきである。

そして、本件事故が亡季吉の過失と被告金の過失が競合して生じたものであることは前記認定のとおりであり、亡季吉が坂井車の運行に関する注意を怠らなかったものとは認められないから、被告秀男の免責の主張は理由がない。

したがって、被告秀男は、自賠法第三条により、原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。

(二)  次に、被告松美については、同被告が独自の収入を得ているとか、坂井車の購入代金の一部を支出したという事実を認めることができず、経済的にも社会的にも夫の被告秀男とは立場を異にすることは明らかであるから、自賠法第三条所定の自己のために自動車を運行の用に供する者に当たると解することはできない。

しかし、《証拠省略》によれば、亡季吉は、坂井車を所有し、これを自己のために運行の用に供していた者であると認められるところ、免責の主張の理由がないことは、前判示のとおりであるから、亡季吉は、自賠法第三条により、原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。

そして、亡季吉が昭和五〇年一〇月二六日本件事故により死亡したこと及び被告松美が亡季吉の相続人であることは当事者間に争いがないので、被告松美は、亡季吉の死亡により、同人が原告に対して負担していた損害賠償債務の二分の一を相続承継したものと認められる。

2  被告会社及び被告金

被告会社が金車を保有してこれを自己のために運行の用に供していた者であることは、当事者間に争いがない。

そして、本件事故が亡季吉の過失と被告金の過失が競合して生じたものであることは前記認定のとおりであって、被告金が金車の運行に関する注意を怠らなかったものとは認められないから、被告会社の免責の主張は理由がない。

したがって、被告会社は自賠法第三条により、被告金は民法第七〇九条により、原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。

五  進んで、損害について、判断する。

1  治療関係費

《証拠省略》によれば、原告は、前記傷害の治療及び身体の機能回復訓練のため、昭和五〇年一〇月二六日から同五三年一二月二二日まで東京都福生市所在の目白第二病院に入院し、金七〇〇万円(本来は金七三七万九八六一円のところを減額してもらったもの)、同五三年一二月二二日から同五四年一一月二七日まで山梨県東八代郡所在の医療法人甲州中央温泉病院に入院し、金二三四万四九八〇円、以上合計金九三四万四九八〇円の治療関係費をそれぞれ要したことが認められ、他にこれに反する証拠はない。

2  入院雑費

《証拠省略》によれば、原告は、右入院期間である昭和五〇年一〇月二六日から同五四年一一月二七日までの一四九四日間、右入院中の雑費として一日当たり金五〇〇円、合計金七四万七〇〇〇円を要したことが認められ、他にこれを左右するに足りる証拠はない。

3  逸失利益

《証拠省略》によれば、原告は、昭和三三年一二月二二日生まれの、本件事故当時一六歳の女子であることが認められるところ、本件事故がなければ一八歳から六七歳までの四九年間稼働可能であり、前記のとおり、原告の後遺障害等級は第一級であり、労働能力喪失率は一〇〇パーセントとみるのが相当であるから、原告が一八歳となり稼働を開始する昭和五二年の賃金センサス第一巻第一表の産業計企業規模計学歴計女子労働者の全年令平均所得である金一五二万二九〇〇円を基礎とし、ライプニッツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、逸失利益の本件事故時における現在価額を算出すると、次の計算式のとおり、金二五〇九万六六三〇円(一円未満切捨て)となる。

1,522,900×(18.3389-1.8594)=25,096,630.55

4  入院中の付添看護費

《証拠省略》によれば、原告は、前記一四九四日間の入院期間中付添看護を要し、原告の母北川静子が右期間常時付添看護をしたことが認められるので、一日当たり金二五〇〇円、合計金三七三万五〇〇〇円の近親者付添費が損害となる。

5  将来の介護料

原告の本件事故による後遺障害は、前記のとおり、四肢運動機能はまひしており、摂食、排便等の日常生活が自力でできず、全面的に他人の付添介護が必要な状態であるから、昭和五四年一一月二七日の退院時二一歳から少なくとも平均余命の範囲内である六七歳までの四六年間について、一日当たり金二五〇〇円の付添介護料を必要とすることが認められるので、ライプニッツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して現在価額を求めると、次の計算式のとおり、金一六三一万五五〇〇円となる。

2,500×365×17.88=16,315,500

6  慰藉料

原告は、前記のとおりの傷害を受け、前記期間入院して治療を受けたが前記のとおりの後遺障害を残すに至ったものであるところ、《証拠省略》によれば、これにより原告は多大の精神的苦痛を受けたものと認められ、これに対する慰藉料は金一五〇〇万円が相当であると認められる。

7  合計

以上1ないし6を合計すると、原告の有する損害賠償債権は、金七〇二三万九一一〇円となる。

8  好意同乗による減額(被告秀男及び同松美)

原告が本件事故当時亡季吉の好意により無償で坂井車の後部座席に同乗していたことは、当事者間に争いがない。

そして、坂井車が自動二輪車であり、これに同乗することから生じる危険を認識することは容易であること、同乗目的が奥多摩へのドライブであったこと等諸般の事情を考慮すると、右7の金額の三割を減額するのが相当であるから、残額は金四九一六万七三七七円となる。

以上により、被告秀男及び亡季吉は原告に対し、右金四九一六万七三七七円の損害賠償義務を負う。

9  損害の填補

原告が自動車損害賠償責任保険から金二九〇〇万円の支払を受けたことは、当事者間に争いがない。

右金額を前記損害賠償債務額からそれぞれ控除すると、被告秀男及び亡季吉は、各自金二〇一六万七三七七円、被告会社及び被告金は、各自金四一二三万九一一〇円の債務を負う。

10  弁護士費用

《証拠省略》によれば、原告は、被告らが任意に損害を賠償しないので、原告訴訟代理人に本訴の提起及び追行を委任し、訴額の約四パーセントに当たる金二〇〇万円を報酬として支払うことを約した事実が認められるところ、本件事案の性質、内容、訴訟の経緯、認容額等諸般の事情を考慮すると、原告が本件事故と相当因果関係のある損害として賠償を求め得る弁護士費用は、金二〇〇万円と認めるのが相当である。

11  合計

以上によれば、原告が本件事故による損害として賠償を求め得る金額は、被告秀男及び亡季吉に対し、各自金二二一六万七三七七円、被告会社及び被告金に対し、各自金四三二三万九一一〇円となる。

そして、前記のとおり、被告松美は、亡季吉の死亡により同人の負担していた債務の二分の一を相続承継したものであるから、原告が被告松美に対して賠償を求め得る金額は、金一一〇八万三六八八円(一円未満切捨て)となる。

六  以上の次第で、原告の本訴請求は、被告秀男に対し金二二一六万七三七七円、被告松美に対し予備的請求として金一一〇八万三六八八円、被告会社及び被告金に対し各自金四三二三万九一一〇円、及び右各金員に対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五二年一〇月一六日から各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから正当として認容し、その余の請求は、いずれも理由がないから失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文、第九三条第一項を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 北川弘治 裁判官 芝田俊文 富田善範)

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